作家でごはん!伝言板

自慢しているのではなく、「自慢されている」と感じる側の問題

哲学を愛する者

「自分はIQ120ある」と言っただけで人を馬鹿にしていることにはならないと思いますし、自慢していることにもならないと思います。

でもIQ120あるという言葉を聞いた人が、後からネットでIQについて検索したら120は平均より高いらしいということを知ったら、「あいつはそれを自慢したんだ」と思って憎むのでしょうか?

これって、結局は、そう思う人の問題なのではないでしょか?
自分より優れた何かを持っているかもしれない人間を憎悪するから、自分がバカにされているって思うんじゃないでしょうか?

「自分の身長は180センチある」という言葉を聞いて、何にも思わない人もいると思います。でも身長にコンプレクスのある人は、その言葉を自慢だと思って、その相手を憎悪するのでしょうか?

「僕は100点とったよ」「僕は80点とったよ」「僕は50点とったよ」「僕は30点とったよ」
どれも自慢ではないと思います。単なる事実を述べているだけですから。そこに「だからすごいだろ」と続けたら自慢になるでしょう。でも取った点数を述べて、それが嘘じゃないなら、ただの事実を述べているだけです。
それなのに、「僕は100点とったよ」「僕は80点とったよ」これらが自慢になるのはどうしてでしょう。それを自慢に感じる人の問題だと思います。
だとすると、事実さえも気軽に言えない世の中ということになるのではないでしょうか?