作家でごはん!伝言板

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駄作

ジョーカー

小説という表現の一つの短所は、緻密に、詳細に文章を書き込んでいけばいくほどに、物語世界が文章に圧迫されて停滞してしまうところにある。

ジョーカー

ダークナイト

からから

スタジオジブリの鈴木敏夫氏のラジオ番組で当時議論していたことですが、この映画が当たったのは、イラク戦争をしたアメリカが批判され、悪者にされていた当時なので、「悪者にされる正義の味方」、あるいは「おれは悪者、それでいいよ」という意識が共鳴してアメリカ人に受けたという意見でした。これは意地の悪い見方なのですが、それもありかなと思いました。

この見方は、もしかすると日本の「君の名は」にも当てはまるかもしれないと思います。少なくともこの映画は確実に、東日本大震災に対する日本人の感情と関係があります。その面で、この映画の震災のテーマに対する扱い方には一部で批判がありました。それは震災をなかったことにするだけだった、というものでした。やはり意地の悪い見方ですが、この映画で擬似的に震災の記憶を処理してしまって、気を軽くするという効果が、強い支持に結びついているという解釈です。

からから

これは作者と読者の根源に関わることです

からから

こちらの見解に対し、それはあなたの見方ですからわかりましたとしかいえない、と返される。

これはすべての読者を否定する言葉だ。
私はこの甘ったれた言葉を許すことができない。

あなたが起承転結をとったというのならば、それはどんな形であっても起承転結であることになるのだろう。
あなたの狙いはすべて自己完結しているのだから、それ以上、他者の介入を必要としない。

こちらはこれ以上言葉を尽くす気力もない。

からから

これ以上、この件の返信はありません

そうげん

「読み手側からの希望、期待」を示したものです、と、この短文のテーマは掲示しました。
《全体的にまとまりがなく、思考のだだ漏れ感は否めない。》という見解については、
それはあなたの見方ですから、そうですか、わかりましたとしかいえません。
こちらの見解は、上記のテーマが起承転結の形をとったものだ、ということです。

そうげん

そうげんさま

からから

そうげんさん、
そうげんさんの伝えたいことがよくわからないので、
訊いております。
もう一度ききます。

第一段落では、回答を求めそれを導き出すようなものを理想をしているその思いが込められている。
第二段落では変わって、作者の独自の文章を理想としている。
第三段落では、二段落で述べた文章を読むときの心構えが書かれている。
第四段落でも、作者独自のものを理想としたい旨が綴られている。
全体的にまとまりがなく、思考のだだ漏れ感は否めない。さらに言うならば第一段落だけが異様に浮いている。



私の見解に対してどうお考えでしょうか?

からから

からからさまへ

そうげん

引用が従であり、
自身の文章が主であることが、引用の規定に定められてあるはずです。

わたしは自分の書くものに、当然抱くべき愛着をもってますので、
短時日に何度も全文を繰り返し同じ伝言板内に挙げ続けられることを「侮辱」にちかいと感じております。
これはわたしの感じ方ですが、
これを自分の心理の動きを離れて、世間に通用する言葉で実情を捉えれば、「盗用」という言葉が浮かびました。

このスペースは「伝言板」です。
ごはんに関わってらっしゃる方に伝えたい核の部分が自分の中にあって、
その気持ちが文章に置き換わったのです。
ちなみにこれは「読み手側からの希望、期待」を示したものです。
書く立場ではなく、読む立場から書いています。

わたしは100%は、引用というより、トレースというのがより正確だと思います。

そうげん